先日、読者の方からメッセージをいただきました。「ワインエキスパートを独学で受けます。でも暗記が苦手で、村の名前がまったく覚えられません」。
わかります。わたしも覚えられませんでした。しかもわたしの場合、受けたのはフランスの国家資格で、試験はすべてフランス語。
渡仏したときの語学力はゼロでしたから、条件だけ見ればあなたよりだいぶ不利です。それでも受かった。
今日はそのとき自分を救った「覚えない勉強法」の話をします。結論を先に言うと、丸暗記をやめて、地図で覚える。それだけです。

受験生だった頃、職場までの道はルーヴルの前を通っていました。開館前の広場は写真の通り静かで、歩きながら産地の並びを頭の中で北から南へなぞるのが日課。
観光客が世界一集まる場所で、毎朝ひとりブツブツ言っている東洋人がいたら、それはわたしです。
リストの暗記は、砂の城
試験勉強でいちばん割に合わないのが、村名・畑名・格付けを一覧表のまま覚えようとすることです。リストは3日で崩れます。
わたしは最初のひと月、シャンボール・ミュジニーの綴りを10回書いて、11回目に間違えていました。
切り替えたのは白地図です。まず川と丘の並びだけを描く。
ブルゴーニュなら、北にシャブリがぽつんとあって、コート・ドールの細長い丘が縦に走り、南へ下るとボーヌの町。そこに村をひとつずつ「置いて」いく。
すると村名はリストの項目ではなく、地図の上の場所になります。場所になった知識は、崩れません。
人間の脳は買い物リストを忘れても、家から駅までの道順は忘れないようにできているのです。
やり方は簡素なほどいい。毎朝5分、何も見ずに白地図を描いて、昨日より村をひとつ増やす。それだけです。
描けなかった村が「今日覚える場所」になるので、勉強の計画も要りません。教本を読む順番も同じで、格付けや数字から入らず、まず地形。
体系という地図が先にあれば、細かい知識はあとから勝手に貼りついてくれます。丸暗記が「覚える努力」だとしたら、こちらは「置き場所を作る工夫」。
努力より工夫のほうが、独学は長続きします。
香りは、センスではなく単語帳
もうひとつの壁がテイスティングでしょう。「カシスの香りと言われてもわからない」という悩みは、実は嗅覚の問題ではなく語彙の問題です。
フランス人が香りに強いのは、カシスが山積みのマルシェで暮らしているから。だったら、こちらは見本を手元に置いて覚えればいい。
外国語の単語と同じで、実物と名前をセットにすれば誰でも増やせます。
この話はル・ネ・デュ・ヴァンの記事に詳しく書きました。
わたしは受験中、寝る前に3本ずつ嗅ぐのを日課にしていました。ここでも考え方は白地図と同じで、54種を一気に制覇しようとせず、今夜の3本だけ。
香りの地図に、毎晩ひとつずつ場所が増えていく感覚です。値は張りますが、試験が終わったあとも一生使える教材です。
独学は、孤独です。でも
ひとりで机に向かう夜は長い。スクールに通う受験生がうらやましくなる日も来ます。でも独学には、自分のペースで地図を育てられるという強みがある。
わたしがフランス語の試験会場で膝を震わせていた朝のことは、受験記に正直に書いています。
あれを読むと「この人でも受かるなら」と思えるはずなので、心が折れそうな夜にどうぞ。
そして最後にひとつ。試験に受かることより、勉強した分だけ目の前のワインが雄弁になることのほうが、ほんとうの報酬だとわたしは思っています。
今夜の一杯、ラベルの村名を地図で確かめるところから始めてみてください。それはもう、勉強です。


