取引先のカーヴに降りると、まず匂いが変わります。湿った石と、樽の木と、ワインの気配が混ざった、暗くて甘い空気。
あの地下で樽から注いでもらった3種の赤を並べて飲んだ日、赤ワインの品種というものが、初めて腑に落ちました。
知識ではなく、性格の違いとして。だから今日は、代表的な3つの品種を、3人の人物として紹介します。
薄暗い蔵の中、樽の腹にはチョークで畑の名前が走り書きされていました。
同じ蔵でも、樽ごとに中身の性格が違う。当主がグラスを回しながら「こっちは気が短い」と笑ったのを覚えています。

ピノ・ノワールは、華奢なのに忘れられない人
色は淡く、口当たりは軽やか。なのに香りは複雑で、飲み終わったあとまで印象が残ります。
ブルゴーニュの主役で、繊細なぶん育てるのが難しい品種でもある。
力で押してこない赤が好きな方は、たぶんこの人と長い付き合いになります。
パリの店では、魚料理に軽めのピノを合わせる提案もよくしていました。赤は肉、と決めつけなくていいのです。
メルローは、誰とでもうまくやる人
まろやかで、渋みが穏やかで、果実味がたっぷり。ボルドーを中心に、世界中で愛されている品種です。
肉料理にも煮込みにも寄り添うし、赤ワインが初めての人もやわらかく受け止めてくれる。
ハンバーグや肉じゃがのような、日本の家庭の味とも喧嘩しません。
迷ったらメルロー。わたしも輸出の仕事で、初めてのお客さまにはこの品種から提案することが多いです。
カベルネ・ソーヴィニヨンは、背筋の伸びた人
色は濃く、渋みがしっかり、骨格が力強い。世界でもっとも広く栽培されている黒ブドウのひとつです。
若いうちは少し気難しいけれど、時間とともに見事にほどけていく。
ステーキの夜に呼びたいのは、断然この人です。
探し方も添えておきます。チリやアメリカのワインは、ラベルに品種名がそのまま書いてあることが多い。
まずはその中から、1,500円前後を3本。最初の顔合わせには、それで十分すぎるくらいです。
フランスものなら、ピノはブルゴーニュ、メルローとカベルネはボルドーが本拠地と覚えておけば大丈夫。
飲み比べるときの決まりはひとつだけ。軽い順、つまりピノ、メルロー、カベルネの順で進むこと。
逆から行くと、ピノの繊細な香りが力にかき消されてしまいます。
白状すると、わたしも最初の頃は、目隠しで出されると色の濃さだけで当てずっぽうを言っていました。
それでも3本並べて飲んだ日から、間違えなくなった。並べて比べることには、それだけの力があるのです。
そして3つの性格を知ると、レストランのワインリストが急に読めるようになります。
知らない銘柄でも、品種名が道しるべになってくれるからです。
ちなみにこの3人、1本の中で組んでいることもよくあります。ボルドーの赤の多くは、メルローとカベルネの共同作業です。
3本いっぺんに開けなくていい
とはいえ、赤を3本同時に開けるのは、なかなか現実的ではありませんよね。
わたしの答えはコラヴァンです。栓を抜かずにグラス1杯分だけ注げる道具で、詳しくはコラヴァンの記事に書きました。
3本から今夜1杯ずつ、来週また1杯ずつ。品種の飲み比べが、1本も無駄にせず、ひと月かけてゆっくりできます。
道具として高価なのは事実なので、友人と3人で1本ずつ持ち寄る方式でも、もちろん十分です。
あのカーヴで3つのグラスを前にしたとき、わたしは知識ではなく、人の顔を思い浮かべていました。
品種は暗記項目ではなく、性格です。
今夜のごはんに誰を呼ぶか。そのつもりで選ぶと、赤ワインは急に身近になりますよ。

