ボーヌの町のワインショップで、1枚の価格表を眺めていたときのことです。同じ造り手、同じ年、同じピノ・ノワール。
それなのに、いちばん上の行は30ユーロで、いちばん下の行には300ユーロと書いてありました。違いはただひとつ、ラベルに入る畑の名前だけ。
初めてブルゴーニュを訪れた20代のわたしは、正直に白状すると「これは、ぼったくりでは」と思いました。

ブドウではなく、土地を飲む場所
ブルゴーニュの面白さは、変数が少ないことにあります。赤はほぼピノ・ノワール、白はほぼシャルドネ。
ボルドーのように品種をブレンドしないので、造り手の腕を別にすれば、味を変える要素は「どの土地で育ったか」しか残らない。
斜面の角度、水はけ、石の多さ、朝日の当たり方。そのわずかな違いを、ピノ・ノワールという繊細な品種が、驚くほど正直に映してしまうのです。
だからこの土地では、畑の一区画一区画に名前がついています。
クリマと呼ばれるこの区画の考え方は、何百年も前から修道士たちが「あの区画のワインは、なぜか良い」と観察し続けた記録の積み重ねで、2015年には世界遺産にも登録されました。
畑の名前とは、何百年分の答え合わせの結果なのです。
村全体の名前を名乗るワインより、選ばれた一区画の名前を名乗るワインのほうが希少で、値段は階段状に跳ね上がっていく。冒頭の価格表の正体が、これでした。
ラベルの読み方だけ、入口をお伝えしておきます。
地方全体の名前(ブルゴーニュ)より、村の名前(たとえばジュヴレ・シャンベルタン)のほうが範囲が狭く、さらにその村の中の選ばれた一区画の名前が入ると、もう一段も二段も上がる。
ラベルに書かれた地名が狭くなるほど高くなる、と覚えておけば、店頭で値札の理由がだいたい読めるようになります。
で、味は本当に10倍違うのか
核心の質問に、正直に答えます。10倍おいしくは、なりません。ワインの感動は値段に比例しませんし、目隠しで飲めば、プロでも取り違えることがあります。
ただ、「違い」そのものは確かにある。
村の名前を名乗るワインと特級の畑を並べて飲むと、香りの層の数、余韻の長さ、若いのにどこか落ち着いた佇まい——うまく言葉にできないのに、確かに何かが違う。
「ぼったくり」と切り捨てた300ユーロの行の意味を、わたしは10年かけて、少しずつ体で覚えていきました。
パリの店で、特級畑の古いボトルを開けた夜のことを覚えています。ソムリエも、常連のお客さまも、注がれた瞬間だけふっと黙る。
あの数秒の静けさが、この土地のワインの正体だと思っています。
そしてこの「畑の物語」は、飲まない場面でも強い。土地の話は会食の会話をひとつ深くします。
経営者の方々がワインを学ぶ理由のひとつがここにあることは、以前の記事に書いた通りです。
飲み比べには、物差しが要る
ブルゴーニュ入門としてわたしがすすめたいのは、いきなり高いボトルを買うことではなく、村の名前のクラスを2本、隣り合う村から選んで並べて飲むことです。
できれば同じ夜に、同じ温度で。条件をそろえるほど、畑の声はよく聞こえます。そしてもうひとつ、グラスだけは必ずそろえてください。
形の違うグラスで飲むと、畑の違いなのかグラスの違いなのか、分からなくなってしまうから。
わたしが使っているのは、プロの品評会でも使われるINAOのテイスティンググラス。1脚1,000円ほどの、世界共通の物差しです。
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秋は、ブルゴーニュがいちばん似合う季節だと思います。まずは2本、隣同士の村から。地図を横に置いて飲むワインは、ちょっとした旅になります。


