「シャンパーニュって、結局ブランド代でしょう?」
この春、桜の頃のパリに遊びに来た友人に、そう聞かれました。青空の下、カフェのテラスでグラスの泡を前にして。半分は、当たっています。
有名メゾンの広告費が価格に乗っていないと言えば、嘘になる。でも残りの半分を知ると、1万円のボトルを見る目がたぶん変わります。
今日は、その残り半分を開けてみます。

泡は、瓶の中の「2度目の発酵」がつくる
まず知ってほしいのは、シャンパーニュの泡は炭酸を注入したものではない、ということです。
一度できあがった白ワインを瓶に詰め、酵母と糖を加えて栓をし、瓶の中でもう一度発酵させる。
逃げ場のない炭酸ガスがワインに溶け込んで、あのきめ細かい泡になります。つまり1本1本の瓶が、小さな醸造所なのです。
しかも原料の時点で、すでに勝負が始まっています。
シャンパーニュ地方は冷涼な北の産地で、ぎりぎりの条件でブドウを育てるため、ここのブドウはフランスでも指折りに高い。泡になる前から、高いのです。
その泡、何年眠っていたと思いますか
二次発酵を終えた瓶は、酵母の澱と一緒に、暗いカーヴで眠りにつきます。この瓶熟成が、規定で最低15ヶ月。ヴィンテージ物なら3年以上。
実際には、まともな造り手ほどもっと長く寝かせます。ワインは澱からうまみを吸い、あの焼きたてのパンやブリオッシュのような香りをまとっていく。
そしてこの時間は、そのままカーヴの場所代と、売れないまま寝かせておく体力に変わります。
眠りから覚めた瓶を待っているのが、動瓶という作業です。瓶を少しずつ回しながら傾けて、澱を瓶の口へ集めていく。かつては職人が1本ずつ手で回していました。
いまは機械化も進んでいますが、澱を凍らせて抜き、栓をし直すところまで、瓶は何度も人の手を通ります。
……と、ここまで書いて思い出したのですが、ランスのメゾンで初めて地下カーヴに降りたとき、暗闇の奥までどこまでも続く瓶の列に、わたしは値段の話をすっかり忘れて立ち尽くしました。
あれはワインの倉庫ではなく、時間の貯蔵庫です。
もうひとつ、見えにくいお金の話をすると、多くのシャンパーニュは複数の年のワインを混ぜて造られます。
若いワインに、過去の年から大切に取り置いた原酒(リザーヴワイン)を合わせて、毎年ぶれない味に仕上げる。
つまり造り手は、売れば今日お金になるワインを、何年も先の1本のために手元に抱え続けているわけです。
あなたのグラスの中には、今年のブドウだけでなく、数年前の秋も入っている。そう思うと、泡の見え方が少し変わりませんか。
工程の全体像は、シャンパーニュができるまでの記事に詳しく書いています。
払った値段を、ちゃんと返してくれる1本
ここまで読んで、「同じ瓶内二次発酵なら、もっと安い泡もあるのでは」と思った方は鋭い。あります。フランス各地のクレマンなどは、近い製法でずっと手頃です。
それでもシャンパーニュの値段が別格なのは、あの冷涼な土地と、世界中からの需要と、長い熟成の蓄積が全部上乗せされているから。
安い泡が悪いのではなく、高い泡には高いなりの理由がある、というだけの話です。
「じゃあ、その手間をいちばん感じられるのはどれ?」と友人。わたしの答えは、ルイ・ロデレールのコレクションでした。
あの伝説のクリスタルを造る家族経営の名門が手がけるスタンダードで、過去のヴィンテージから取り置いた原酒をぜいたくに使う設計。
1万円前後で「価格の中身」が素直に詰まっている1本だと思っています。
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グラスを干した友人は、「ブランド代って言ってごめん」と笑っていました。桜の下の、なかなかいい謝罪でした。

